映画「永い言い訳」の脚本が見本!セリフと小道具の巧みな演出

この記事は 2023年10月24日 に更新されました。

西川美和(原作・脚本・監督)の映画「永い言い訳」は、心に響くセリフと小道具演出が際立つ作品です。映画のファーストシーンを脚本に起こし、見本としながら確認しましょう。

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映画「永い言い訳」ファーストシーンの脚本

○マンション・リビング(夜)

テレビから流れるクイズ番組だけが響く一室。

そのクイズ番組に出演している衣笠幸夫。クイズの答えである「鵺(ヌエ)」について意気揚々と語っている。

現実の幸夫は、テレビの前で散髪用の前掛けを身に着け、仏頂面。

幸夫の髪を切るのは、妻の夏子。プロ美容師の手つき。

幸夫「(か細い声)もう消せよ、くだらない」

夏子「なんで、見てるんだけど」

幸夫「ヌエのうんちく語ってどうすんだって思ってるんだろ」

夏子「思ってないから、私ヌエなんて知らないし」

幸夫「うそつけ」

突然立ち上がってテレビのリモコンで消す幸夫。

ハサミを持ってのけぞる夏子。

夏子「わ、あぶない。酔っぱらってる」

幸夫「酔ってません」

イスへ戻る幸夫。

再び髪を切り始める夏子。

夏子「そういえば、今日、小学校の同級生っていう人から連絡があった。幸男君に地元のNPOのイベントに出てもらいって。お母さんからうちの番号聞いたんだって」

メモを渡す夏子。

幸夫「(うんざりして)何を教えてくれちゃってんだよ、ほんとに。マネージャーの番号言えって言ってるのに」

夏子「え、知らない人?」

幸夫「いや、知ってるけどさ」

夏子「なんだ」

幸夫「だって、地元でてから一度もあったことない奴だぜ。ガキの頃ちょっと一緒だったからって、それ友達っていうか?」

夏子「向こうはそう思って、幸男君のこと応援してくれているんでしょ」

幸夫「どうだかね。いいように使いたいだけだろ。あなたもさ、うちで電話出る時、苗字名乗るのやめなさいよ、もう」

夏子「え、衣笠ですって出るなってこと、私まで」

スマホのバイブが鳴る。

幸夫と夏子、ともに知らんふり。

幸夫「そのさあ、編集者がうちに来た時くらい何とかしてくれないかな」

夏子「ん?」

幸夫「だから、呼び方」

夏子「幸男君て? うそ、呼んでないでしょ」

幸夫「呼んだっつの、4回も」

夏子「すっごい、数えてる」

幸夫「しらじらしい、わかってやってんだろ、俺に恥じかかす気で」

夏子のハサミが止まる。

夏子「恥って何? 私はずっとそう呼んできたのよ」

再び髪を切りだす夏子。

夏子「あなたが小説家になる前から」

幸夫「てめえで食えもしなかった時代を忘れんなよ、てこと、つまり?」

夏子「(無言)」

ハサミを取り替える夏子。

幸夫「まあ、母親の面子なんてあなたにはどうでもいいだろうけども」

夏子「あのねえ、そんなことであなたのメンツはつぶれないって言ってるの、私は」

幸夫「じゃあ、連続試合出場数の世界記録を作った野球選手と同じ名前で生きてみろよ。俺はあの名前でいる限り、永遠に鉄人衣笠幸代のまがい物でしかあり得ないの」

夏子「あなたは野球選手じゃないし、そういう凄い人と同じ名前に生まれついた人だってたくさん」

幸夫「(遮るように)じゃああんたも、そういう名前に生まれついたことがあるんですかってことなんだよ。ねえあるの?」

夏子「・・・ないけど」

幸夫「ないよな、無ければ一生わからない」

夏子「・・・」

幸夫「同情しなくていいから。どうせ俺は自分のこともまともに受け入れられない男だよ」

夏子「そんな風に言わないでよ。私は衣笠って名字が好きだし、幸男君て名前は素晴らしい名前だと思ってるの。結婚するとき言ったでしょ、私は田中って平凡な名字だから」

幸夫「(また遮って)そんな頃の話はいいよ」

夏子「・・・(微笑み)そうね」

カットを仕上げる夏子。

前掛けを外される幸夫。

幸夫「おしまい?」

頭を触って確認する夏子。

夏子「うん、完璧」

幸夫「・・・」

手ぐしで髪を直す幸夫。

夏子は急いでコートを羽織り、出かける身支度をする。

幸夫「間に合うの?」

夏子「うん、ダメかもねー(明るく)」

夏子、旅行鞄を押して部屋を出る。

幸夫「(夏子の背中に向かって)明日のスーツさ(夏子、行ってしまい)ねえちょっと」

夏子の声「かかってるー、寝室に」

幸夫「・・・」

夏子に見つからないよう用心して、スマホに手を伸ばす幸夫。

戻ってくる夏子の足音。

幸夫、慌てて元の場所にスマホを戻す。

ドアを開けて見る夏子。

見返す幸夫。

スマホのストラップが揺れている。

幸夫「(平静を装い)なに?」

夏子「悪いけど、後片づけは、お願いね」

幸夫「そのつもりだけど」

夏子「・・・」

ドアを閉めて出て行く夏子。

一人残される幸夫。玄関の閉まる音を確認して、再びスマホに手を伸ばす。

上記は実際に映画「永い言い訳」を見て脚本に起こした文章です。実際の脚本とは異なります。

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映画「永い言い訳」の脚本的な感想・レビュー・解説

友だちになりたくない嫌な奴が主人公に最適!

映画の主人公が登場する時、めちゃくちゃ嫌われ者の方が、脚本家として後々書きやすかったりします。何故かと言うと、ストーリーの中でだんだん良い奴に変化していくという一つのパターンが生まれるからです。最初は「なんだこいつ」と思わせておきながら、ラストでは「なんか好きかも」と観客の心を変化させることが出来たら大成功です。

その点、「永い言い訳」の主人公・幸夫は理屈屋の嫌な奴です。妻の言葉を遮ったり、子供じみたネガティブ発言をしたりと、決して友達にはなりたくないタイプ。どうして結婚したのか、妻の夏子に問いただしたいくらいです。でも、脚本家にとっては最高の主人公です。あなたも、脚本を描く時は、実際に話もしたくなくなるほど嫌な奴に仕立て上げると執筆が楽になると思います。

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セリフより小道具演出を見本とすべし

ストーリーは、夫婦の自宅と思われるマンションから始まります。登場するのは夫婦二人だけ。必然的にセリフが多くなりますが、不思議と説明的に感じません。

なぜか? 「永い言い訳」では、そのキャラでしかしゃべらない言葉で、セリフを喋っています。しかも、全てのセリフにテーマや意味が隠れているので耳に残ります。そのため、説明的に感じずに、人間ドラマとして見ていられるのです。これはベテランならではの巧みな技術です。初心者の方が真似しようとすると、ここまで上手く出来ません。

初心者の方は、目先のセリフより、いぶし銀的な小道具演出を見本として参考にしましょう。不倫を匂わせるスマホの扱いや妻の心情を表すハサミなど、「永い言い訳」の冒頭シーンには、見本とすべき素晴らしい演出がたくさん盛り込まれています。

映画「永い言い訳」の情報

キャッチコピー

妻が死んだ

これっぽっちも泣けなかった。

そこから愛しはじめた。

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あらすじ(ストーリー)

妻を亡くした男と、母を亡くした子供たち。「その不思議な出会いから、「あたらしい家族」の物語が動きはじめる。

人気作家の津村啓こと衣笠幸夫(きぬがささちお)は、妻が旅先で不慮の事故に遭い、親友とともに亡くなったと知らせを受ける。その時不倫相手と密会していた幸夫は、世間に対して悲劇の主人公を装うことしかできない。そんなある日、妻の親友の遺族-トラック運転手の夫・陽一とその子供たちに出会った幸夫は、ふとした思いつきから幼い彼らの世話を買って出る。保育園に通う灯(あかり)と、妹の世話のため中学受験を諦めようとしていた兄の真平。子供を持たない幸夫は、誰かのために生きる幸せを初めて知り、虚しかった毎日が輝き出すのだが・・・

キャスト

  • 衣笠幸夫(津村啓)/小說家【本木雅弘】
  • 大宮陽一/トラック運転手【竹原ピストル】
  • 大宮真平/陽一の長男【藤田健心】
  • 大宮灯/陽一の長女【白鳥玉季】
  • 大宮ゆき/陽一の妻【掘内敬子】
  • 岸本信介/津村啓のマネージャー【池松壮亮】
  • 福永智尋/津村啓の編集者【黑木苹】
  • 錦木優子/こども科学館の学芸員【山田真步】
  • 衣笠夏子/幸夫の妻【深津給里】
  • 栗田琴江/夏子の美容院共同経営者【松岡依都美】
  • 桑名弘一郎/津村啓の編集者【岩井秀人】
  • 大下潤之介/山形県警巡査部長【康すおん】
  • 田原尚也/ドキュメンタリー番組ディレクター【戸次重幸】
  • 甲斐くん/夏子の美容室従業員【淵上泰史】
  • 増田耕作/バス会社社長【ジジ・ぶう】
  • 山本康三/遺族の老人【小林勝也】
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スタッフ

  • 原作·腳本·監督:西川美和
  • 原作:『永い言い訳」西川美和(文藝春秋刊)
  • 挿入歌:手鳥英「オンブラ・マイ・フ」
  • 製作:川城和実 中江康人 太田哲夫 長澤修一 松井清人 岩村卓
  • プロデューサー:西川朝子 代情明彦
  • 撮影:山崎裕
  • 照明:山本浩資
  • 録音:白収貢
  • 美術:三ツ松けいこ
  • 編集:宮島竜治
  • 衣装:小林 身和子
  • へアメイク:酒井夢月
  • サウンドエフェクト:北田雅也
  • キャスティング:田端利江
  • 助監督:久万真路 菊池清嗣
  • 制作担当:白石治
  • クリエイティブディレクター:後智仁
  • コピーライター:谷山雅計
  • メインビジュアルフォトグラファー:上山義彦
  • 製作:「永い言い訳」製作委員会:バンダイビジュアル株式会社、株式会社AOIPro.、株式会社テレビ東京、アスミック・エース株式会社、株式会社文藝春秋、テレビ大阪株式会社
  • 制作プロダクション:株式会社AOI Pro.
  • 配給:アスミック・エース
  • 助成:文化庁文化芸術振興費補助金

挿入歌

  • 挿入歌:手鳥英「オンブラ・マイ・フ」
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映画公開日

  • 2016年10月14日公開

原作小説

  • 初版発行: 2015年2月25日
  • 著者: 西川 美和
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受賞歴

  • 第71回毎日映画コンクール 監督賞<西川关和>
  • 第71回毎日映画コンクール 男優主演賞<本木雅弘>
  • 第90回キネマ旬報ベスト・テン 助演男優賞<竹原ピストル>
  • 第40回日本アカデミー賞 優秀助演男優賞<竹原ピストル>

公式ホームページ

映画『永い言い訳』公式サイト:http://nagai-iiwake.com/

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