映画「清州会議」の脚本が見本!偉人を庶民にする三谷幸喜のセリフ
この記事は 2023年10月24日 に更新されました。
三谷幸喜が脚本と監督をつとめた映画「清須会議」は、相変わらずの三谷節がきいた、いぶし銀な魅力を持つ映画です。そんな清須会議のファーストシーンを脚本に起こしました。見本としながら確認していきましょう。
映画「清州会議」ファーストシーンの脚本
○城・外廊下
箱を脇に抱えた前田玄以玄以が歩いてくる。
すれ違う家来が「おはようございます」と、お辞儀する。
玄以も「おはよう」と二言三言の言葉を交わしてから、行く。
○城・大広間
入ってくる玄以。
中央まで来て正座。
箱を開け、巻物を取り出す。
厳かにヒモを解くと、バッと広げる。
どこまでも転がる絵巻物。
○絵巻物
戦国時代の武家屋敷が描かれている。
本能寺の絵に火が放たれる。
見る見る燃え広がってゆく。
○本能寺・一室(夜)
織田信長が眠っている。
むっくり起きる。
信長「・・・くさい」
ハッとして外に目をやる。
○本能寺・外観(夜)
すでに屋敷の所々が燃えている。
次々飛んでくる火矢が、壁に刺さる。
急ぎ来る森蘭丸、障子の前で
蘭丸「御免」
と、勢いよく開ける。
○本能寺・一室(夜)
その場に座した蘭丸。
蘭丸「明智日向守、御謀叛」
とだけ告げ、行く。
ふすまを開ける信長。
すでに火の海。
外を見ると敵の足軽が一人。
信長、刀を取り、抜く。
足軽と刀を合わせ、押し返し、斬り伏せる信長。
が、勢い余って刀が柱に食い込んでしまう。
取れない。
信長「(焦る)」
やがて火が迫り、「熱ちっ!」と、飛び退く信長。
○本能寺・外(夜)
軍勢が城を取り囲む。
炎を見つめる馬上の明智光秀。
○絵巻物
燃える本能寺。
その北に位置する二条城。
○二条城・一室(夜)
織田信忠「戦上手の日向上。父上といえども助かるまい」
松姫「親方様が・・・」
甲冑姿の信忠。
松姫・松姫と息子・三法師が身を寄せておびえている。
信忠「ここも明智の軍勢が寄せ来るのは必定。わしは籠城して最後まで戦う所存だ、おまえたちは早々に落ち延びよ」
松姫「私もここに残ります」
信忠「それはならん! 三法師をつれ清洲へ向かうのだ」
松姫「嫌でございます」
信忠「わしを困らせるな!・・・だから来るなと言うたのだ」
信忠、松姫に寄り
信忠「マツ、三法師を頼む」
松姫「・・・(やっとうなずく)」
信忠「玄以、後は任せた」
玄以、ふすまの陰に控えている。
玄以「かしこまりました」
刀を取り出て行く信忠。
松姫は三法師を抱き寄せる。
障子を開け放つと、本能寺の火が見える。
信忠「これで、戦の世に逆戻りだ」
○絵巻物
二条城から少し離れた場所に野営地がある。
黄色の旗は秀吉の旗。
○野営地・全体
兵士たちが要塞を築いている。
○同・本陣
黒田官兵衛が羽柴秀吉に寄り、耳打ちする。
官兵衛「丹羽様がお見えです」
陣に入ってくる丹羽長秀。
秀吉、部下の用意した羽織を、要らないと押し返す。
代わりに食べかけの大きな握り飯を預け、
秀吉「長秀殿! これはこれは」
と、手に付いた米粒を舐めながら、降りて寄る秀吉。
長秀「藤吉郎、よくぞ戻ってきてくれた」
秀吉「おお、5日間、ひたすら駆けに駆けましたわ」
長秀「明智は少なく見積もって一万。我が方は三千。まともに戦っては勝ち目はなかった。待っていたぞ」
秀吉「それがしの方は二万。明智など蹴散らして見せまする」
晴れない表情の長秀。
対して秀吉は高らかに笑う。
官兵衛「織田信孝様がお見えです」
慌てて羽織を身につけ、身なりを整える秀吉。
信孝が陣に入ってくる。
頭を下げる長秀。
秀吉と官兵衛は膝をついて頭を下げる。
信孝「藤吉郎、大義であった」
秀吉「ははー」
信孝「すぐに出陣じゃ」
信孝についてゆく秀吉、長秀、官兵衛。
信孝「この織田信孝が、父上と兄上の敵を討つ」
○絵巻物
秀吉の黄色い旗を中心とした一群が、光秀の青い旗の軍勢を攻め立てて、竹林へ追い込んでいく。
○竹林・けもの道
トボトボとくる馬上の光秀。
怪しい人影がつけ狙っている。
光秀「う!(突然の激痛)」
槍が体を貫いている。
馬上から崩れ落ちる光秀。
○本能寺・焼け跡
柱に食い込んだまま焼けた信長の刀。
建物は全て焼け落ちて空が見える。
信長の刀を無念の思いで見つめる柴田勝家。
少し離れて長秀。
勝家「本当に親方様は、もうこの世にはおられんのか」
長秀「・・・考えようだ。むしろ、親方様らしいご最後ではなかったか」
焼け跡には野次馬が群がっている。
長秀「本能寺とともに焼け落ち、突然、髪の毛一本残さずに消えてしまわれた」
勝家「・・・」
カランと、物音。
見ると、盗っ人が物色している。
刀を抜いて切ろうとする勝家。
長秀「この場で殺生は控えろ」
勝家「!」
寸での所で刀を止める。
勝家「(盗人に)消えろ」
と、刀を鞘に収める。
一目散に逃げる盗っ人。
長秀、野次馬に目をやり、
長秀「ここは立ち入りを禁じよう」
勝家「どうなる、これから織田家は?」
長秀「一刻も早く、信孝様にお家を継いで頂く」
勝家「!」
長秀「そして権六、おまえがその後見として、織田家をもり立てていくのだ」
勝家「わしが?」
長秀「それが、宿老筆頭としての、おぬしの役目だ」
勝家「・・・」
長秀「(勝家の目を見据えて)柴田修理亮勝家」
勝家「うん(と、頷く)」
長秀、采配を渡す。
受け取る勝家。
長秀「問題は藤吉郎だ」
勝家「その名を出すな」
長秀「明智を倒したのは、あの男。これからますます力をつけていくぞ」
勝家、しゃがみ込み焼け跡から壺を手に取る。
勝家「わしは、奴が草履取りの頃から、親方様とともに戦ってきた。サルに織田家を乗っ取られてたまるか」
長秀「だからこそ、おぬしに働いてもらわねばならぬのだ」
勝家「なにをすればいい?」
ソッと壺を置く勝家。
長秀「まずは、評定(ヒョウジョウ)を開く」
勝家「評定を?」
長秀「各地に散った家来を一堂に集め、織田家の今後について話し合う。そこで権六の存在を天下に知らしめる。場所は清洲がいいだろう」
勝家「・・・清洲」
長秀「かつての我らの居城。思い出の場所だ」
勝家「(思いをはせ)これは、戦だな(と、決意を固める)」
長秀「そう、戦だ。評定という名の」
勝家と長秀、同じ方を見つめている。
○秀吉の館・縁側
ナスが成っている菜園。
縁側では、秀吉が寝そべって扇子を扇いでいる。どこかのんびりした表情。
寧の声「あなた様も見とらんで、手伝ってちょ」
秀吉「今さら畑仕事なんて出来んて」
畑仕事に精を出す妻の寧、母のなか、弟の小一郎。
寧「お母様、藤吉郎様は親方様の敵を討ってから、どえりゃー人が変わったでかんて。まるで天下でも取った気でおるがね」
なか「藤吉郎! いくらきれいなべべ着ててもな、おみゃあにゃ百姓の血が流れとるんだで」
秀吉「お袋様はうざこいんだがや」
小一郎「兄じゃ、こんなできゃーのが採れたで」
と、ナスを振り上げる。
秀吉、感心して身を起こし、
秀吉「おお、もっと大きなるかもしれんで、そのまま置いときゃあ」
寧、なか、小一郎、そろって「は?」と呆れて秀吉を見る。
小一郎「(呆れて)あんなこと言うとる」
なか「たわけ!」
秀吉「なんじゃい」
と、勢いよく立ち上がる秀吉。
なか「なに、とろくしゃーこと言うとる」
なか、寧、小一郎、怒って秀吉に詰め寄る。
なか「これ以上置いといたら皮が硬くなるのじゃ」
寧「そんなことも忘れとるわ」
小一郎「百姓の心、失ってる」
ここぞとばかりに罵詈雑言を浴びせる三人。
たじろぐ秀吉。
秀吉「な、なんなら!」
なか「このデカ耳!」
秀吉「あんたのせいじゃ!」
そこへ官兵衛が来る。
母らを差し置いて官兵衛を迎える秀吉。
杖をつきつつ官兵衛は書状を持参している。
秀吉、寄る。
官兵衛「届きましたぞ」
書状を受け取る秀吉。
その様子を黙って見ているなか、寧、小一郎。
部屋を移る秀吉と官兵衛。
○同・一室
入ってくる秀吉と官兵衛。
秀吉「思いのほか早かったな」
と、あぐらをかいて食い入るように書状を読む。
官兵衛「清洲城にて、織田家の跡目相続と御領地の配分を決める評定を行うそうです」
隣に座る官兵衛。
秀吉「(書状を読みつつ)親父殿にしては、随分と手際が良いのう」
官兵衛「おそらく丹羽殿が、傍におられるかと」
秀吉「(鼻で笑って)ふん、なるほどのう」
官兵衛「殿に宿老筆頭の座を奪われるのではないかと、びくびくされてるご様子」
秀吉「とろくさ」
と、不敵に笑い書状をぐちゃぐちゃに丸める。
○同・縁側
来る秀吉。
秀吉「わしが望んでるのは、そんなちっぽけなもんじゃにゃーだ」
付いてくる官兵衛。
秀吉、遠くを見据える。
秀吉「清洲かぁ。官兵衛、支度だ」
官兵衛、返事をして頷く。
その様子を見つめる寧。
寧「・・・(どこか不安げ)」
○絵巻物
清洲城。
○清洲城
外観から大広間へ。
やがて評定が行われる大広間は、まだ静けさを保っている。
上記は実際に映画「清州会議」を見て脚本に起こした文章です。実際の脚本とは異なります。
映画「清州会議」の脚本的な感想・レビュー・解説
三谷幸喜の脚本には、常に意外性が含まれており、観客をひきつけます。映画「清須会議」の冒頭シーンでも、織田信長、豊臣秀吉、明智光秀など歴史上の偉人が登場するなか、柴田勝家を主人公に据えるなどして、観る人の意表をついているといえるでしょう。
この特徴はセリフにも表れており、偉人を偉人として扱わず、あえて庶民的な一面を見せることで、観客に親近感を抱かせています。親近感は共感につながるので、観客は物語に引き込まれることになるのです。
登場人物の意外な一面を見せるやり方は、いわば変化球。変化球を投げるとキャラクターに深みを与えることができます。しかし、この手法を真似しようとしたときには、変化球ばかり投げていてはよくありません。キャラクターの本質にあるハズの魅力を見失ってしまうからです。
キャラクターの魅力は、本筋にあります。つまり変化球に対する直球です。そのため、ここぞという場面では直球を投げる必要があるのです。
三谷幸喜の脚本では、変化球と直球のバランスが絶妙といえるでしょう。
三谷幸喜は、変化球で観客を煙に巻いて、忘れたころに直球を投げてくるような脚本家です。脚本を書く時には、このテクニックを大いに真似するとよいでしょう。
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