30年後、僕らに彼女達のような友だちはいるか『テルマ&ルイーズ』

映画・ドラマ脚本分析

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2023年もあとわずか。師走に突入しても仕事しか予定がない。帰郷の予定もなく、恋人や友達もいない。なにしろ、この時期に飲み会がひとつも予定されていない身の上。酒も賑やかな宴席も好きなのに、だ。同じような境遇の人もいるだろう(いてくれ)。

そんな人には、約30年前の映画『テルマ&ルイーズ』が染みるはず。公開は1991年。『ブレードランナー』や『エイリアン』のリドリー・スコット監督による女性の友情を描いた作品だ。

脚本家として『テルマ&ルイーズ』を見ると、二人の出会いや友情が育まれる過程を一切描かずに、性格の異なる二人が固い絆で結ばれていることを観客に伝える構成の巧みさに気づきます。この記事では、出会いの経緯を描かなくても信頼関係が伝わる理由、対照的な性格を持つ二人がバディとして機能する仕組み、そして「共通の敵」が登場人物たちの結束を生み出す効果について解説します。

テルマ&ルイーズ

今でもジェンダーギャップは社会問題だが、当時はあからさまに女性が虐げられていた男社会。この時代に生きる女性は強い閉塞感から息苦しさを感じていたに違いない。世の女性たちの代弁者として、理不尽な社会に銃をぶっぱなしたのがテルマとルイーズだ。

きっかけは小さなほころびだった。災難は災難を呼び、雪だるま式に不幸が膨れ上がっていく。やがて手に負えなくなると、テルマとルイーズは逃げる。逃げるだけでは解決しないとわかっていながら、逃げまくる。執拗に追いかけてくる理不尽な世間に対し、後ろ足でケリを入れて、逃げまくる。これまでのつらい人生を帳消しにするように逃げる。

壮絶な逃避行の末のあっけない幕切れ。映画の中で唯一、彼女たちの境遇に同情してみせた刑事に共感した観客も多いだろう。その一方で、彼女たちに強いあこがれを抱いた人も少なくない。ああ、自分にもあんな友だちがいれば。強い絆で結ばれた親友がほしい。映画公開から30年が経つ今、どれだけの人がそのあこがれを実現できただろうか。

テルマとルイーズは、こういってしまうと身も蓋もないが、お互いに足を引っ張り合っている関係だ。どちらから見切りをつけてもおかしくない。むしろそうすることで大きな不幸を回避できた可能性もある。でも、それはしない。手を取り合って地獄へまっしぐら。なぜなら、二人は合わせ鏡だから。眼の前の欠点だらけの女は自分だ。自分を見捨てることはできない。

まるで違う性格、異なったポリシーを持つ二人は水と油のようだが、凸凹のパズルのように合致する面もある。ベタベタせず、衝突も繰り返すが、強い信頼で結ばれている二人。友だちというより仲間、同志という方がしっくり来る。理不尽な世の中という共通の敵に立ち向かうバディだ。多くの観客にとって二人は、いや二人の関係性は憧れの的となった。

例えば、バディものを書く際に、性格も価値観もほぼ同じ二人を組ませてしまうのはNG例です。掛け合いに変化が生まれず、物語が単調になりがちです。良い例は、『テルマ&ルイーズ』のように、几帳面で常識的な一方と、大胆で衝動的なもう一方を組ませることです。性格が噛み合わない二人だからこそ衝突も生まれ、それを乗り越える過程が絆の強さを物語ります。

映画では彼女たちがどのように出会い、友情を育んだのかは描かれていない。馴れ初めは必要ないからだろう。二人はどこにでもいる普通の女性だから。人生にくすぶっていた人間に、ちょっとしたことで火が付き、瞬間的に燃え上がり潔く消えた。まるで花火のように。映画ではその瞬間だけを描いている。

悲しいはずのラストは、爽やかなカタルシスを生む。彼女たちは戦った。理不尽な世の中に対して勇敢に対峙した。当時の観客たちも一体感を抱いたのは、同じ敵と対峙していたからだ。そういえば、日本で生まれ育ったわたしの母でさえ「『テルマ&ルイーズ』が一番好きな映画」と言っていた。国を問わず全世界的な強大な敵だったのだろう。

今を生きる僕らにもストレスはある。ただし、30年前ほどわかり易くないのが難点だ。一人ひとりにパーソナライズされた悩みに、他者は共感しづらい。必然的に一人で戦う場面が多くなる。共通の敵を認識できなければ、テルマやルイーズのようにお互いを信頼し合える同志と出会う確率は一層低くなる。

「今日からの30年で理想の相方が現れないと言い切れる?」テルマとルイーズなら、そう言うかもしれない。正直そんなに待つのは嫌だけれど、映画を見ると彼女たちの仲間に入れてもらえたようで元気が出る。だから、ひとりを強く感じる夜には、何度でも見たくなる映画なのだ。

テルマ&ルイーズ




『テルマ&ルイーズ』が好きな人におすすめしたい映画

『テルマ&ルイーズ』は90年代の女性版アメリカンニューシネマと言われている。アメリカンニューシネマとは、60年代70年代にアメリカで流行した思想や雰囲気を反映した映画のこと。社会や政治に反抗するぞ!というメッセージが強く込められた特徴を持つ。

そんなアメリカンニューシネマのなかでも個人的に大好きな映画が、アル・パチーノとジーン・ハックマンがW主演の『スケアクロウ』。こちらは偶然出会った男二人が旅をするロードムービー。1973年公開。

テルマとルイーズに負けず劣らず、野郎同士のカラッとした、けれども熱い友情に強いあこがれを感じる作品だ。

スケアクロウ(字幕版)

1971年公開の『バニシング・ポイント』もおすすめ。これはたった一人で孤独に戦った男のストーリー。また、『テルマ&ルイーズ』ではフォードのサンダーバードというイカした車が印象的だったが、『バニシング・ポイント』でも車がかっこいい。クライスラーのチャレンジャーという車種で、最後の最後まで観客を魅了するはずだ。

バニシング・ポイント

最後におすすめする映画は『ノマドランド』。家族も家も友人もすべてを失った、決して若くない女性が、一台の車に寝泊まりして放浪する。不安と孤独を抱えつつ、強い決意をもって人生と戦う姿勢は、『テルマ&ルイーズ』の精神と通じるところがある。違いは、ドラマティックに破滅に向かうのではなく、じっくりと辛抱強く耐える戦いを続けていること。ヴェネチア国際映画祭やゴールデン・グローブ賞、アカデミー賞などで高い評価を受けた。

ノマドランド (字幕版)




『テルマ&ルイーズ』の友情の描き方に関するよくある質問

Q. 出会いのシーンを描かなくても、友情や信頼関係を表現できますか?

はい。『テルマ&ルイーズ』はその好例です。出会いの経緯を描かなくても、二人の会話や行動の積み重ねによって、すでに深い信頼関係があることを観客に伝えられます。馴れ初めは省略しても、関係性は十分に成立するのです。

Q. 対照的な性格の二人を組ませるメリットは何ですか?

衝突や葛藤が自然に生まれ、会話にテンポが出ます。また、互いの欠点を補い合う関係性は、観客にとって魅力的に見えます。性格が噛み合わないからこそ、二人の間に動きが生まれるのです。

Q. 「共通の敵」を設定すると、なぜ登場人物の結束が強まりますか?

共通の敵に立ち向かうことで、登場人物同士の利害が一致し、団結する動機が生まれます。観客も同じ敵に対して感情を共有しやすくなり、二人の絆をより強く感じられます。




まとめ:対照的な二人と共通の敵が絆を生む

脚本家として『テルマ&ルイーズ』から学べるのは、出会いの過程を描かずとも、対照的な性格の二人と共通の敵という設定だけで、深い友情を説得力を持って描けるということです。あなたの脚本でも、登場人物同士の関係を作る際は、性格の対比と、彼らが共に立ち向かう敵や課題を意識してみてください。

脚本の書き方をさらに学べる本

キャラクター同士の関係性や物語の構成についてさらに学びたい方には、以下の書籍もおすすめです。


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