11月8日(日)午前4時10分からWOWOWプライムで、フランス映画「フィフィ大空をゆく(字幕版)」が放送されます。
「白い馬」「赤い風船」で知られるアルベール・ラモリスが、脚本と監督を手がけた1965年の長編ファンタジーです。泥棒の青年フィフィがサーカスへ逃げ込み、「鳥人間」として空を飛ぶ芸を身につけたことから、現実とおとぎ話が混ざり合うような騒動が始まります。
空を飛ぶという単純で強い願いを、どのように物語へ変えているのか。脚本の構成と映像演出の両方から見ると、ラモリス作品らしい魅力がよく分かります。
放送日時と作品情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 放送日時 | 2026年11月8日(日)午前4:10〜 |
| 放送局 | WOWOWプライム |
| 作品名 | フィフィ大空をゆく(字幕版) |
| 原題 | Fifi la plume |
| 制作年 | 1965年 |
| 制作国 | フランス |
| 監督 | アルベール・ラモリス |
| 脚本 | アルベール・ラモリス |
| 主演 | フィリップ・アヴロン |
WOWOW公式は次回放送を11月8日(日)午前4時10分と案内しています。Gガイドの番組表も同じ日時を掲載しているため、本記事ではこの日時を採用します。
フランス国立映画映像センター(CNC)の作品データでは、監督はアルベール・ラモリス、フランスでの作品認可は1965年、上映時間は79分と記録されています。カンヌ国際映画祭公式でも1965年の長編コンペティション作品として掲載されています。
「フィフィ大空をゆく」はどんな映画?
主人公フィフィは、立派な英雄ではなく、時計を盗もうとする少し頼りない泥棒です。屋敷で見つかって逃げるうちにサーカスへ入り込み、そこで思いもよらない役目を与えられます。
WOWOW公式のあらすじでは、サーカスの支配人がフィフィを警察へ突き出す代わりに「鳥人間」の芸人へ仕立てようとします。背中に羽をつけて訓練を重ねたフィフィは、やがて本当に空を自在に飛べるようになります。
ここがこの映画の大きな転換点です。現実の世界にいた泥棒が、空を飛べる存在へ変わることで、物語のルールそのものが変わります。それでもフィフィは急に聖人になるわけではなく、飛ぶ力を再び盗みに利用してしまいます。
「特別な力を得たら人は立派になる」という方向へ進まず、もともとの性格を残したまま能力だけが大きくなるところにユーモアがあります。人物の性格と新しい設定がぶつかることで、次々と騒動が生まれる構成です。
あらすじと見どころ
泥棒のフィフィは、時計を盗もうと忍び込んだ屋敷で見つかり、逃げ込んだ先のサーカスで思わぬ仕事を得ます。支配人が考えたのは、フィフィに羽をつけて「鳥人間」として舞台に立たせることでした。
フィフィはサーカスの花形娘ミミにひと目ぼれし、彼女に良いところを見せたい気持ちもあって訓練に励みます。やがて空を飛べるようになりますが、その能力を使って屋敷へ忍び込むなど、泥棒らしさも失いません。
見どころは、空を飛ぶことが「自由」の象徴であると同時に、騒動を起こす道具にもなっているところです。飛べるようになれば悩みが消えるのではなく、行動範囲が広がるほど問題も大きくなります。
さらに、サーカスという場所そのものが物語に合っています。現実ではあり得ない芸を観客が期待する場所なので、フィフィが本当に飛べるようになる展開も、物語の世界の中では自然に受け入れられます。
キャストと役どころ
| 役名 | 出演 | 役どころ |
|---|---|---|
| フィフィ | フィリップ・アヴロン | 泥棒から鳥人間の芸人になる青年 |
| ミミ | ミレイユ・ネーグル | サーカス一座の花形娘 |
| ライオン使い | アンリ・ランベール | ミミをめぐってフィフィと張り合う人物 |
WOWOW公式は、フィリップ・アヴロン、ミレイユ・ネーグル、アンリ・ランベールを主要出演者として紹介しています。カンヌ国際映画祭公式のキャスト欄でも、フィリップ・アヴロンやミレイユ・ネーグルらの出演が確認できます。
フィフィは、空を飛べるという幻想的な設定を背負いながら、行動の動機は非常に人間的です。欲しいものを盗みたい、好きな人によく見られたい、ライバルに負けたくないという気持ちがあるため、ファンタジーの世界でも人物の行動を追いやすくなっています。
脚本・演出のスタッフ
本作はアルベール・ラモリスが監督と脚本を兼任しています。カンヌ国際映画祭公式では、ラモリスが「監督」「脚本/台詞」を担当したことが明記されています。
撮影はピエール・プティとモーリス・フェルー、音楽はジャン=ミシェル・ドフェイです。映像と音楽の組み合わせによって、台詞だけに頼らず、飛ぶことの喜びや可笑しさを見せる作品になっています。
カンヌ公式によると、本作は1965年の長編コンペティションに選ばれ、技術委員会賞を受賞しました。物語だけではなく、画面の作り方や技術面でも評価された作品だと分かります。
ラモリスは「赤い風船」でも、日常の街に不思議な存在を入れ込み、説明しすぎず映像で見せる手法を使っています。「フィフィ大空をゆく」でも、現実のサーカスや街と、空を飛ぶという幻想を同じ世界に置くことで、観客が自然に不思議を受け入れられるようにしています。
脚本づくりの視点:ひとつの設定から騒動を連鎖させる
脚本の視点で注目したいのは、「泥棒が本当に空を飛べるようになる」という一つの強い設定から、物語を連鎖させている点です。
フィフィは最初から空を飛びたい立派な青年ではありません。逃亡の末にサーカスへ入り、必要に迫られて鳥人間の訓練を始めます。つまり、主人公の望みと状況が最初から完全には一致していません。
そこへミミへの恋心が加わり、訓練する理由が強くなります。そして実際に飛べるようになると、今度はその能力を盗みに使うため、新しい問題が起きます。一つの出来事が次の出来事の原因になっているため、奇抜な設定でも物語がばらばらになりにくい構成だと考えられます。
能力と性格をわざと一致させない
フィフィが空を飛べるようになった瞬間に人格まで変わるのではなく、泥棒という性格を残していることが笑いにつながります。大きな能力を得た人物に小さな欲望を持たせることで、能力の使い方に意外性が生まれます。
脚本では、特殊な設定を考えたあとに「この力を立派に使うならどうするか」だけでなく、「この人物なら少し困った使い方をしないか」と考えると、キャラクター固有の展開を作りやすくなります。本作では、飛行能力そのものより、フィフィがそれをどう使うかがドラマを動かしています。
サーカスを舞台にする意味
サーカスは、普通ではないことを見せ物にする場所です。そのため、鳥人間というアイデアを物語の中へ入れるための舞台として機能しています。
もし同じ出来事を日常的な職場や家庭だけで描けば、空を飛ぶ設定が突然に見えるかもしれません。しかしサーカスには「次はどんな芸が出るのか」という期待が最初からあるため、観客も主人公も非日常へ入りやすくなります。
設定と舞台を別々に考えず、互いに支え合うように組み合わせることが、ファンタジーを自然に見せる方法の一つだと考えられます。
「赤い風船」と共通するラモリスらしさ
WOWOW公式は、本作を「白い馬」「赤い風船」で知られるラモリスの長編第2作として紹介しています。カンヌ公式のラモリスの記録を見ると、「赤い風船」は1956年に短編部門のパルムドールを受賞しており、ラモリス自身が監督と脚本/台詞を担当しています。
「赤い風船」では風船が少年を日常の外へ連れ出し、「フィフィ大空をゆく」では翼が主人公を地上から解放します。どちらも、身近な世界に一つだけ不思議な要素を置き、その要素を人物の行動と結びつける発想が共通しています。
ただし本作は、純粋な夢物語だけではなく、泥棒や恋のライバル、サーカスの商売といった俗っぽい要素も混ぜています。そのため、詩的な映像とコメディが同居する独特の味わいがあります。
カンヌ国際映画祭で評価された映像表現
カンヌ国際映画祭公式によれば、「FIFI LA PLUME」は1965年の長編コンペティションに出品され、技術委員会賞を受賞しました。
空を飛ぶ人物を1960年代の実写映画でどう見せるかは、現在とは違う技術的な制約の中での挑戦でした。本作を見るときは、物語だけでなく、人物が空中にいる感覚をどのような画面構成や撮影で成立させているかを見ると面白さが増します。
特にラモリス作品では、風景を単なる背景として使わず、人物が移動することで世界の広がりを感じさせます。地上から空へ視点が変わること自体が、主人公の自由と物語の広がりを視覚的に伝えていると考えられます。
参考にした情報
- WOWOW公式「フィフィ大空をゆく」
- WOWOWオンデマンド「フィフィ大空をゆく(字幕版)」
- Festival de Cannes公式「FIFI LA PLUME」
- CNC公式「FIFI LA PLUME」
よくある質問
「フィフィ大空をゆく」はいつ放送されますか?
WOWOW公式では、2026年11月8日(日)午前4時10分からWOWOWプライムで放送予定です。
「フィフィ大空をゆく」の監督と脚本は誰ですか?
監督・脚本はいずれもアルベール・ラモリスです。カンヌ国際映画祭公式では、監督と脚本/台詞を担当したことが確認できます。
どんな物語ですか?
泥棒の青年フィフィがサーカスへ逃げ込み、鳥人間の芸人として訓練するうちに本当に空を飛べるようになるファンタジーコメディです。
「赤い風船」と同じ監督ですか?
はい。「赤い風船」もアルベール・ラモリスが監督・脚本を手がけています。「フィフィ大空をゆく」でも、日常の世界に不思議な要素を置くラモリスらしい発想を楽しめます。
まとめ
「フィフィ大空をゆく」は、空を飛ぶ夢を描いた作品でありながら、主人公を完璧な英雄にせず、泥棒らしい欲や恋心を持ったまま動かすことでユーモアを生み出している映画です。
脚本の視点では、「泥棒が空を飛べる」という一つの設定から出来事を連鎖させる構成、特殊な能力と主人公の性格をあえて一致させない人物設計、サーカスという舞台とファンタジー設定の組み合わせが見どころです。11月8日の放送では、台詞だけではなく、ラモリスが空と風景をどう物語に取り込んでいるかにも注目してみてください。

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